日本が誇るファッションの女王・森英恵が逝って2年…改めてその偉大さに気づいた話
日本が誇るファッションの女王・森英恵が逝って2年…改めてその偉大さに気づいた話
SNSで名前を見て、正直「誰だっけ?」と思ってしまった
タイムラインに「森英恵」という名前が流れてきた。なんとなく聞いたことはある。でも詳しくは知らない。そんな状態で調べ始めたら、気づいたら1時間以上経っていた。それくらい、この人の人生が濃すぎた。
森英恵。1926年1月8日生まれ、2022年8月11日没。享年96歳。日本のファッションデザイナーで、日本人で唯一パリのオートクチュールデザイナーとして認められた人物。旧姓は「藤井」。
「唯一」という言葉の重さ、最初は正直ピンと来なかった。でも調べれば調べるほど、これがどれほどとんでもないことなのか、じわじわと伝わってきた。
1977年、東洋人として「初めて」パリの扉を開けた
パリ・オートクチュール協会(サンディカ)という組織がある。世界最高峰のファッションを束ねる、いわばファッション界の聖域みたいな場所だ。そこに東洋人として初めてメンバーとして認められたのが、森英恵。1977年のこと。
1977年といえば、まだ日本が「ブランド後進国」と言われていた時代。そこに単身切り込んで、パリの審美眼を持つ人たちに認められたというのが、どれほど異次元の話か。
そのきっかけになったのが1965年のニューヨーク・コレクションでの成功。この時点で彼女はすでに日本人デザイナーの海外進出の「先駆け」になっていた。山本耀司や川久保玲が世界で活躍するずっと前の話。森英恵がいなければ、日本のファッションの歴史は確実に変わっていたと思う。
オリンピックの公式ユニフォームも、彼女の手から生まれた
バルセロナとリレハンメル。この2つのオリンピックで日本選手団が身にまとった公式ユニフォームのデザインを手がけたのも森英恵だ。
これを知ったとき、なんか不思議な感覚になった。あの映像の中にある「日本」の色や形が、彼女の感性から生まれていたのかと思うと、見え方が変わってくる気がして。
さらに歌舞伎の衣裳、海外のオペラやバレエの舞台衣裳も担当している。ファッションだけじゃなく、舞台芸術の世界にも深く根を張っていた人。スケールが大きすぎて、もはや「デザイナー」という言葉だけでは収まらない。
文化勲章、そしてレジオンドヌール勲章
1996年に文化勲章を受章。これだけでも十分すごいんだけど、2002年にはフランスから「レジオンドヌール勲章オフィシエ章」を受け取っている。フランスが外国人に贈る最高クラスの勲章のひとつ。日本とフランス、両方から最高レベルの評価を受けた人って、そうそういない。
位階は従三位。没後に贈られるこの位階も、彼女の功績の重さを物語っている。
2004年、パリで静かに幕を下ろした
引退は2004年7月。パリで開催された2004 A/Wオートクチュール・コレクションが最後の舞台だった。
華やかな場所で始まり、華やかな場所で終わった。それが森英恵という人の人生のような気がして、なんか勝手にじんとしてしまった。
78歳でのパリでの引退。普通の人ならとっくに第一線を退いているような年齢で、まだ世界最高峰の舞台に立ち続けていたということ。それだけで十分、伝説と呼んでいいと思う。
名前を知らなかった自分が少し恥ずかしくなった
正直に言う。「森英恵」という名前を、今回調べるまでちゃんと知らなかった。なんとなく聞いたことある人、くらいの認識だった。
でも調べてみたら、日本のファッション史どころか、世界のファッション史に名前を刻んでいる人だった。1926年に島根県で生まれた一人の女性が、パリを動かすデザイナーになった。その事実が、思ってたより何倍も重くて、じわじわと胸に残っている。
たまにSNSで流れてくる名前を、ちゃんと調べてみるもんだなと思った。知らなかったことが、こんなに豊かな話につながるとは。
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